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第一章 第四話 「和魂商才」という言葉と、自分なりの解釈

第1章 第4話
「和魂商才」という言葉と、自分なりの解釈

木宮商店を始めてから、商いのバランスについて考える時間が増えました。
文化を守りたい。でも、お金もちゃんと回さなければ続けられない。
どちらかを優先すれば、もう片方が犠牲になる。

そんなジレンマを、ずっと抱えていました。

ある日、渋沢栄一の『論語と算盤』を手に取りました。
そこで出会ったのが「士魂商才」という言葉です。

士魂とは、武士の誇りや倫理観。
商才とは、商売の才覚や利益を生み出す力。
渋沢栄一は、この二つを両立させるべきだと説いていました。

「なるほど、これが商いの理想か」と、胸を打たれました。
でも同時に、僕は自分の中に引っかかるものを感じたのです。
士魂という言葉は、立派だけれど、少し遠く感じました。

木宮商店の根っこにあるのは、武士の精神よりも、もっと暮らしに近い、日常に寄り添う温かさです。
お客様の顔や声、ブランドの想い、季節の移ろい、、、
そういうものを商いの中心に置いてきた自分にとって、しっくり来るのは「和魂」でした。

和魂とは、日本的な精神性のこと。
ただし、ここでいう日本的とは、ただ古い伝統を守ることではありません。

僕にとっての和魂は、深く根を張り、自由に枝を伸ばし、未来の商いを耕していく力です。
人と人の間に流れる静かな信頼や、相手の心を察する感覚。
一つひとつの出会いを重んじ、縁を育てていく姿勢、
それこそが木宮商店の和魂です。

一方の「商才」は、情熱を続けるための燃料を生み出す力です。
利益率や在庫の回し方、価格の付け方、契約条件の交渉、
地味だけれど、やらなければ文化は守れない。
和魂を支えるために必要な現実的な技術こそ、商才だと思うようになりました。

かつての僕は、この二つを別の場所に置いていました。
「文化を守る時間」と「お金を稼ぐ時間」を切り分けていたのです。
でも、木宮商店を続けていく中で、それではうまくいかないと気づきました。

和魂がなければ、商才はただの搾取になる。
商才がなければ、和魂はただの自己満足で終わる。
この二つは、最初から同じ船に乗せなければ意味がない。
だから僕は、士魂商才を自分なりに置き換えて、
「和魂商才」を木宮商店の舵取りの言葉にしました。

文化と経済、その両輪を回し続ける覚悟。
そして、木宮商店は「文化を扱う事業者」ではなく、
いずれ「文化そのものになっていく」存在になるという決意。
和魂商才は、その未来への羅針盤なのです。

●編集後記

「和魂商才」という言葉は、ただのスローガンではありません。
お客様と話すときも、POP UPの条件を交渉するときも、いつも背後にこの四文字があります。
数字と想い。効率と誇り。文化と利益。
どちらかを切り捨てれば、きっと楽になるけれど、その瞬間に木宮商店は木宮商店でなくなる。
深く根を張り、自由に枝を伸ばし、未来を耕す。
その姿勢を忘れずに、これからも両方の舵を握っていきたいと思います。